佐倉市議会議員 清宮誠 佐倉市議会議員 清宮 誠の公式サイトです

歴史を風化させるな!


~~戦後70年にあたり~~

天皇・皇后両陛下のパラオ共和国慰霊の旅


両陛下が、4月9日夜、太平洋戦争の激戦地・パラオ共和国の慰霊の旅を終えて、帰国されました。9日の午後は、ペリリュー島を訪れ、地元住民とも懇談されたとか。

 この島は、先の戦争で、日米両軍が激しく戦った場所です。日本軍は、約1万人が犠牲になりました。当時の米軍の太平洋方面最高指揮官であるニミッツ提督も自著で下記のように書いております。「既に制空・制海権を手中に納めていた米軍が、死傷者併せて1万余人を数える犠牲者を出してペリリュー島を占領したことは、今もって大きな疑問である。」
 米軍にとっても、予想以上の犠牲者だったのでしょう。その結果、マッカーサ一元帥のレイテ島上陸を遅らせてしまいました。ペリリュー島の戦いは、米軍の指揮官にとっても、多くを語りたくない激しい戦いだったのです。

 両陛下がパラオ慰霊を決断されたのは、戦争を知らない世代が増え、次第に戦争が忘れられて行く中で、「戦争の記憶が風化することへの危機感」をお感じになっていたからではないでしょうか。
私が議会で、ペリリュー島やレイテ島の闘いについて、度々お話しさせていただいた意図は、これらの闘いに、地元の佐倉連隊が深くかかわっていたからです。日本人が戦争を風化させてはならない以上に、私達は、佐倉連隊の戦いも忘れてはならないでしょう。 そのために、米軍兵士ノーマン・メイラーが書いた『裸者と死者』や、日本軍の兵士だった大岡昇平氏が書いた『レイテ戦記』を折りにふれ紹介して参りました。ここでは省略いたしますが、上記の本を御覧になっていただきたい。さらに、歴博の第6展示室で詳しく展示されておりますので、是非、お出掛けになってみてください。佐倉には、市立図書館・美術館だけでなく立派な情報発信基地があるのですから、ご活用いただければ幸いです。



志津霊園問題について


市長をはじめ関係職員各位の御努力により、未完成だった志津霊園関連の道路が昨年開通いたしました。ありがとうございました。みなさまの長年の御労苦に敬意を表します。

1.責任は、誰がとったのか?

  • 1)当時の菊間市長の辞任。
  • 2)関係職員の処分。
  • 3)議会は、議会基本条令をつくり、その条文の中に、「佐倉市議会は、志津霊園問題等を踏まえ、行政監視機能をさらに強化し、地方自治体の本旨の充実に向け云々・・」と明記し、決意を明確に表現した。

2.今後の佐倉市の再発防止策

   職員のコンブライアンスの徹底等、職員研修を適宜実施。

3.対応の問題点

  • 1)「これだけで良いのかな?」というのが、私の偽らざる感想。確かに当時の松崎弁護士は、「(原因は)職員の訓練の問題だ」と話している。それも事実だが、職員研修でのコンプライアンスの徹底は、「(職員の)いろは」の話。従って霊園問題以前から行われていたことなので、説得性がない。
  • 2)職員研修の徹底が、霊園問題のような事件の再発は、本当に防げるのか?

4.その背景

原因が究明されてない以上、ここでは私的な見解は避けるべきだが、故菊間市長の発言は、無視出来ないのではないか? 菊間元市長は、辞任前の臨時議会で「大きな、計画的な動きがあった」と話している。今後の更なる再発防止の検討を期待したい。